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ほどよい噛みごたえを目指して

するめのおいしさの一要素が噛みごたえであるように、翻訳にも噛みごたえが大切だと思っています。書き手の想いがこめられた原文を台無しにしないように、文章に合わせた、かたすぎずやわらかすぎない言葉を選ぶように心がけています。

たとえば、lifeという単語が出てきたとしましょう。「人生」「暮らし」「生活」などと訳されることが多い単語です。ある人の生活について書かれている場面で、このlifeに「人生」という言葉をあててしまったら、ちょっとカタすぎる大げさな文章になってしまいます。逆に、ある人の人生や信念ついて書かれた壮大な文章なのに、「暮らし」という言葉をあててしまったら、やわらかすぎて読みごたえがなくなってしまいます。

では、friendlyという単語なら、どんな噛みごたえにするのがよいでしょうか。この単語は、人間、お店、雰囲気などさまざまな名詞につく形容詞です。論文などのカタい文章や一般向けの文章なら、「好意的な」「親しみやすい」「親切な」、カジュアルでくだけた文章なら、「フレンドリーな」といったところでしょうか。コンピューター関連なら、「(ユーザー)フレンドリー」という言葉がちょうどよいでしょう。

advantageという言葉はどうでしょうか。ビジネスに関する文章なら、「(競争上の)優位性」「(自社の)強み」「長所」などがちょうどよいところでしょうか。スポーツの世界なら、「アドバンテージ」という言葉がよくつかわれています。私はサッカーが好きなのですが、サッカー用語として「アドバンテージ」という言葉があります。試合中継では、「Aチームが優位だと判断しました」ではなく「Aチームのアドバンテージを取りました」とカタカナ語で実況してもらったほうが、サッカーらしい試合の雰囲気を壊さずに楽しめると感じています。

おカタい英語の文章には堅い日本語を、やわらかい英語の文章にはやわらかい日本語をあて、言葉の意味も雰囲気も的確に伝えることを念頭に置いて、日々翻訳をしています。


(渡部真紀子)
ShimaFuji IEM 翻訳チームの一員。
アメリカの大学でビジネスを学んだ後、帰国して小売り業界で働くが、国際的な仕事への想いが募り、翻訳の道へ。マーケティング関連の翻訳を経て、弊社翻訳チームに加わる。

言葉の橋渡し

翻訳とは、言葉の橋渡しをすることだと思っています。英語を日本語にただ置き換えるのではなく、原文の意味を正確に把握して、読み手が理解できる言葉で伝えるということです。

ある日、ホテル業界で売上や利益を伸ばすための方法について書かれている文章をチェックしていたときのことでした。

長旅で疲れている家族が到着したら、親がチェックイン手続きをしている間に、「子どもにはケーキなどを与える」と書かれていました。到着していきなりケーキを出すホテル??「ケーキなど」の「など」は何が含まれているのだろう???ビジネスの手法や戦略とうまく結びつきません。

原文は、「provide refreshments」でした。

幸いなことに、このときはこの原文の意味をすぐに理解することができました。私も経験したことがあったからです。

英語圏での経験は、アメリカの大学時代のことでした。大学のサークルやイベントのチラシで、このrefreshments (will be served)という言葉をよく見かけました。たとえば、新学期が始まり、サークルのチラシに「来ていただければrefreshmentsがありますよ」と書かれていたとします。この場合、ソフトドリンクが数種類とクッキーが数種類といったところでしょうか。あるいは、夕方~夜の時間帯ならピザが出されることもありました。

日本では、旅館やホテルに到着したあと、部屋に案内される前に「お茶とスイーツのおもてなし」を受けたことがありました。予約サイトやツアーのチラシには、「ウェルカムドリンク提供」と書かれていることもあります。

辞書を見てみると、「軽食」や「飲み物や食べ物」という訳語がありました。この言葉をそのまま挿入しても、たしかに間違いではありません。でも、このホテルの例で筆者が伝えたいことは、refreshmentsを出すことによって、この家族のホテル滞在経験をさらに良いものにしましょう、疲れを和らげてもらって気持ちよく滞在してもらいましょうということでした。さらには、ホテルを気に入ってもらい、リピーターになってもらうこと、それが売上増加につながるということも書かれていました。ですから、もう少し何か加えなければこのrefreshmentsの真意は伝わらないと思いました。

このrefreshmentsという単語に含まれているrefresh(リフレッシュ)という言葉が表わすように、気分をリフレッシュするようなものという意味も込めて、私は「気分を持ち直せるようにお菓子や軽食などを与えましょう」と訳しました。

もちろん、これがただ1つの正解ではありませんし、私以外の人が訳せばまた違った言葉づかいになるでしょう。ただ言葉の橋渡し役として、どんな場面でも誠心誠意務めを果たすことが、書き手に対しても読み手に対しても、最低限の礼儀だと思うのです。


(渡部真紀子)
ShimaFuji IEM 翻訳チームの一員。
アメリカの大学でビジネスを学んだ後、帰国して小売り業界で働くが、国際的な仕事への想いが募り、翻訳の道へ。マーケティング関連の翻訳を経て、弊社翻訳チームに加わる。

英語の思いやり、日本語の思いやり

ダイレクトメールが来たと仮定してください。
ある品物が入荷した、というお知らせの後、末尾の文章が以下のようなものだったらどうでしょうか。

===

もし、お気に召さない場合は、ご返品も承ります。でも、(商品名)をご覧になれば、きっとお気に召すことを確信しております。前回に続けて今回もこのチャンスを逃せばきっと後悔なさるでしょう。もしも、(商品名)を手にできる○人のうちの一人になりたければ、すぐご連絡ください。

===

なんとなく、失礼なダイレクトメールだな、と思いませんか?
特に違和感を覚えるのが「~を手にできる○人のうちの一人になりたければ」という箇所だと思います。

実はこの文章、原文はジェイさんのとある本の一節で、先に挙げたのが先行訳なのです。

念のために申し添えておきますが、これは文法的に見ると、決して間違った訳ではありません。
原文では

If you’d like to be one of the (number) people who gets one of these ___

確かにその通りなのです。

ただ、ここには英語と日本語の間の「思いやりの表し方」の違いが、端的に表れています。

昔々の話なのですが、高校時代、私はアメリカ人の留学生の男の子と親しくなりました。親しいといっても、まあかわいらしいもので、一緒に学校帰りに、マクドナルドに寄ってマックシェイクをすするとか、日曜日に映画を見たり動物園に行ったりする、ぐらいのものですが。

その彼が何かあるたびに、
「君はぼくと~に行きたい?」
「君はぼくに~してほしい?」
と英語で聞いてくるのです。
当時、まだ英語の知識もさほどなかった私は、それを上記のように、直訳して聞いて、そのたびにイエス、イエスと答えながら、何でいちいちこんなことを聞くんだろう、「一緒に行かない?」でいいじゃないか、「このぼくと~に行きたい?」だなんて、コイツは自分をアイドルか何かだと思ってるんだろうか、と、微妙におもしろくない気持ちでいたのでした。

やがて数年が過ぎ、英語の知識も増えていく中で、この表現が英語では非常に一般的であること、同時に英語圏の人が「相手の意思を大切にする」ということを学んだのです。

日本人が「一緒に行こう!」とごく当たり前のように誘うのに対し、英語では「君は~したい?」とごく当たり前のように相手の意思を確認するのです。

これは、さまざまな局面で現れます。
何も聞かず、黙って手を差し伸べるのが日本的な思いやり。
「あなたには助けが必要ですか?」と相手の意思を問うて、必要です、という意思表示があれば、手を差し伸べるのが、英語圏の思いやり。

苦しい、つらい、困っている……そんなとき、「助けが必要ですか」と聞かれると、日本人は屈辱を感じることがあるかもしれません。でも、それは日本人的感覚。個と個が確立している英語圏にあっては、勝手に手を差し伸べるほうが、相手を尊重しないことになる。

もちろんそれが当てはまらない場面もあるのですが、基本的な表現レベルでは、間違いなくそれは言えるのです。

社会のあり方や個々人のあり方に違いはあっても、英語圏であろうと日本であろうと、人を思いやる気持ちに変わりはありません。ただ、社会や個人のあり方に規定されて、表現がちょっとちがうだけなのです。

そう考えていくと「~を手にできる○人のうちの一人になりたければ」というのも、相手の意思を確認している表現であって、決して失礼なものではないのです。

でも、私たちにとって、その表現はなじみがありません。
なじみがない、ということは、真意が伝わりにくいということでもあります。
文法的にはまちがっていなくても、真意が伝わらないという意味では、やはり一種の誤訳とは言えないでしょうか。

どうしたものか、と考えたのですが、私はその部分をこんな風に訳してみました。

「○○様には__を手にできる幸運なお客様になっていただきたいと願っておりますので、ぜひ早急にご連絡くださいませ。」

どうでしょうか。
少し、意訳しすぎ、とお考えでしょうか。


ハットリサトコ
ShimaFuji IEM 翻訳チームの一員です。

神は細部に宿る、という言葉は、まさに翻訳のためにある、と信じ、言葉ひとつひとつと格闘する毎日です。残念ながら、木を見て森を見ず、どころか、葉っぱ1枚の葉脈に目を奪われて、森の存在を忘れることもしばしば。

「プロセス」としての仕事

 

突然ですが皆さんは、自動車保険の対応に満足しておられますか?

 

と言ってもこれは、ある特定の保険会社を売り込むような話ではありませんのでご安心を。

あくまでジェイ・エイブラハム翻訳裏話です。

 

私の夫が昨年小さな交通事故に巻き込まれたとき、私は初めて保険会社とまともにやりとりをしました。

それまで知らなかったのですが(そしてどの保険会社でも同じかどうかはわからないのですが)事故に遭うと、「怪我に関する担当者」「自動車の損傷に関する担当者」など複数の担当者が付くことになり、私も3人の担当さんと連絡を取ることになりました。

最初になんとなく「私は○○担当です」という紹介を受けたような気はするものの、気が動転しているし、保険の仕組みもよくわからないし、私はしばしばそれぞれの担当さんに、関係のないことを質問したりしたようでした。

そのたびに「いえ、それは私の担当ではありませんので…」と、やや冷淡な口調で言われちょっと腹を立てたり、恐縮したりしたものです。

 

そんなときにジェイさんの動画を訳していて、

Process

という言葉が出てきました。

過去にも色々な場面で出てきた単語で、これを私たちは適宜「プロセス、過程、工程」などと訳してきましたが、そのときはなんとなく訳に迷ってしまいました。

そのときジェイさんはコピーライティングについて話しており、

「その商品がどのように人の役に立つか考え、それを人々の心に届くようなメッセージとして構成し、その商品を実際に買ってもらい、人々の役に立つ、という『プロセス』は、とても報いが大きいものだ」

という意味のことを、伝えようとしておられたのでした。もちろんこの全てを言葉にされることなく、そう伝えようとした、という意味ですが。

それで、字幕が出る時間が短いことを考え、また前後の文脈からもなんとなくそれが伝わるだろうと判断した私は、ざっくりと「その『仕事』は報いが大きい」というように訳したのです。

が…

プロセス=仕事 という方程式が、私にはどうしても不自然に感じました。もちろん、翻訳(特に字幕訳)では、全てを字義通りに、定訳通りに、訳すことはできません。しかし、私にはここで使われた「プロセス」という言葉が、とても大きな意味を帯びているように感じたのです。

もっと個人的な感情を言ってしまうと、「果たして自分は、自分の仕事を『プロセス』として見ているだろうか?」という疑問がむくむくと沸いてきたのでした。

翻訳という仕事は、実はかなり地味です。ひたすらにコンピューターに向かい、言葉と向き合い、その前後にあるものを忘れてしまいそうになることがあります。

自分に割り当てられた仕事、特にそれが専門性に特化している場合に、それに真剣に取り組む姿勢が悪いものだとは思いません。むしろ、日本人ならではの「職人気質」というか、こだわりを持って仕事に取り組む人を私は尊敬し、自分もそうなりたいと思っています。

しかしそれが、その場だけの、独りよがりのものになってしまう傾向は避けたいところです。

ほとんどのビジネスに、ジェイさんが言ったようなプロセスが存在していることでしょう。「どんな人の、どんな問題を解決できるか」「実際に使ってもらったときにどう感じてもらえるか」といったところから始まり、商品やサービスを提供し、それに対するフィードバックをもらい、商品やサービスに反映させる、といったサイクルです。それを無視して、自分の主観だけに頼って「良いもの」を作ったところで、人に対価を支払ってもらえるかと言うと、怪しいところです。もはや「仕事」と呼ぶことすらできないように思います。

特にサービス業などの場合、Service という言葉は文字通り「人に仕える」ことを意味しています。プロセスを意識してこそ、仕事として成り立つように思います。

そういえば「仕事」という言葉にも「仕える」という漢字が使われていますね。

自動車保険の対応を受けたときに、なんとなくこんな風に思ったことを思い出しましたが、組織が大きければ大きいほど、自分の仕事を「プロセス」の一部と見ることは難しくなるのかもしれません。仕事を分担しなければ、クライアントに満足してもらえるような質の高いサービスを提供することは難しいでしょうし。

それでも、自分の仕事を「プロセス」として見ることを忘れないでいたい、と私は思います。

小さなネジが大きな飛行機を支えたり、小さな歯車が大きな時計を動かしたりするのと同じように、小さな小さな自分も、大きなプロセスの一部であることを、常に意識したいものです。

(a_washiyama)


a.washiyama

a_washiyama:
ShimaFuji IEM 翻訳チームのメンバーです。
翻訳家としてまだまだ勉強中ですが、ジェイさんのお考えを分かり易く、正確にお伝えできるよう、邁進して参ります!

ジェイ・エイブラハムが使っている専門用語をどう訳すか

“reference frame”(準拠枠)って何?

ジェイさんの卓越論上級編の中に、reference frameという言葉が出てきます。
これは社会学の用語で「準拠枠」という定訳があります。でも、「準拠枠」なんて言われても、ちょっとわけがわかりませんよね。

つまり、どういうことかというと、たとえば1人の学生が起業を志している、とします。
そこでスティーブ・ジョブズやイーロン・マスクの伝記を読み漁り、同じく起業を志す学生に連絡を取って、「起業を考える学生の会」などのサークルを作るとする。

彼の頭の中では「起業を考える学生の会」の一員である、という意識が、大学という現在所属している集団よりも、家庭という生まれてこの方ずっと所属している集団よりも、大きな場所を占めるようになってくる。
このとき「起業を考える学生の会」のクラブは彼にとっての「準拠集団」(reference group)であるといいます。

もともとの所属集団とは別に、みずからその一員になりたくて、そのメンバーとして進んで行動するようなグループが準拠集団なんです。行動のモデルとして参照するような集団だから、reference(参照) ですね。
わざわざ「準拠」というなじみの薄い言葉を当てなくてもいいと思うんですが。

そのうち彼は「(将来の)起業家」の目で、買い物をするときも、ニュースを読むときも見るようになります。また、大学へ行っても、起業にかならずしもプラスになるとは思えない(あくまで彼が考えることですが)語学や一般教養の授業などが、時間の無駄のように思えてくる。バンドだアニメだと騒いでいる同級生たちが、「意識が低い」ように思えてくる。

日常でも、「起業家ならこうするはず」「起業家ならあんなことはしない」という風に、起業家の一員である、という意識が彼の判断や行動を基準づけます。彼の中で「起業家」が内在化され、無意識のうちに基準となるのです。

本人は自発的に行動しているつもりで、実はその基準に従って動くようになります。
その内在化された基準が「準拠枠」です。

私たちは誰もがこうした「準拠枠」を持っています。たとえば外資系の企業に就職した人は、意識的無意識的に、いわゆる「外資系」らしいものの考え方やふるまい、外見や持ち物を選択するようになる。「自由人」という生き方にあこがれて、自分探しを始める人も、「自分だけの考えで」と思うかもしれませんが、実はその人のイメージにある「自由人」という準拠枠に従って、考えたり行動したりしているわけです。

ジェイさんは、卓越論は抽象的でわかりにくいから、その人に合った「準拠枠」に従って説明した方がわかってもらえる、という文脈で、その言葉をおっしゃっていました。

はて、この「準拠枠」をどう訳したら良いのだろう、と原文を読んだとき、私は頭をひねりました。というのも、以前、まったく別の人が書いたビジネス翻訳書を読んでいたとき、この「準拠枠」が「参考フレーム」と訳してあり、前後の脈絡が取れない文章になっているのを目にしたことがあったからです。

結局、その箇所を訳したのは、私ではなくShimaFujiIEM翻訳チームの別のメンバーでしたが、そこを

最初に概念を話してから、具体的な例を出して説明するのではなく、最初にわかりやすい例を話したほうが、みなさんは理解しやすいですよね

という風に、うまく文脈に溶け込ませて、しかも実際の意味を損なわないように訳しているのを見て、(手前みそですけれども)本当に感心しました。

日本語の専門用語はどうしてそんなに難解なの?

ジェイさんの使う言葉は、難解なものが多いだけでなく、日本の専門用語というのは(特に学術系)特殊なものが多いのです。学生時代、哲学の授業で「表象」という言葉が出てきて、頭を悩ませたことがあります。英語ではrepresentation(表すこと/表されたもの)という、比較的平易な単語を、どうしてこんな難解な訳語を当てるのか、教授に聞きました。

すると、「確かにわかりにくいし、日本が西洋哲学を受け入れて来た経緯から生まれた問題もある。けれども、そのワードにこめられた意味自体が難解なもので、一口に言えないようなとき、日常語に引きずられない、という効用もあるんです。慣れてくるとマーカーで引いてあるように、この人はこの言葉をこういう意味で使っているんだな、と目印になってくるから辛抱してください」と言われました。

実は、ジェイさんの難解な文章の翻訳にも当時の経験がずいぶん役に立っているのですが(実際、こんな知識が仕事に活かせるとは夢にも思いませんでした)、かといって難解な文章をさらに難解な日本語を当てて、ジェイさんの思想を理解しないままありがたがってもらうのも、私たちの本意ではありません。

これからも厄介な専門用語と格闘しつつ、わかりやすく、でも真意を捻じ曲げることなく、がんばっていきたいと思っています。

そしてまた、ここの意味がよくわからないのだけれど、というところがあれば、どうぞお気軽にお問合せください。
私たちも考えて、考えて言葉を選んでいますので、その思考過程をシェアできれば、とてもありがたいのです。


ハットリサトコ
ShimaFuji IEM 翻訳チームの一員です。これまで英米文学やノンフィクション、社会学系の専門書、科学系の読み物など、幅広く訳してきました。ジェイさんの難解な用語に頭をひねりながら、これまで得た知識を総動員して、実践と学びで築かれた知の高峰に挑んでいます。

ジェイ・エイブラハムとお金と価値

ジェイ・エイブラハム氏の言葉にはいつもハッとさせられるのですが、その中でも大きく自分の考え方が変わった、お金と価値についてお話ししたいと思います。

会社やビジネスの話をするとき、英語ではmake moneyというフレーズがよくつかわれます。お金(money)をつくること(make)、稼ぐこと、儲けること、という意味があります。ジェイさんの言葉を翻訳していくうちに、このフレーズの印象が変わっていきました。

日本語で「お金を稼ぐ」や「儲ける」と聞くと、ずる賢いこと、卑しいことを暗に指しているようなイメージがありました。極端な例をあげれば、人を欺いて自分の利益を手にしている、「政治とカネ」など…お金は汚いものだというイメージが私の心のどこかにあったのだと思います。また、お金を稼ぐための労働は「汗水流してがんばる」もの、というイメージもありました。

ところが、ジェイさんのmake moneyというフレーズを読んでいると、そのようなネガティブなイメージはまったくないのです。特に、数か月前に行われたビジネスサミット・経営塾で、ジェイさんが満面の笑みで言ったひと言が忘れられません。

Isn’t it FUN to make money?
(お金を稼ぐって楽しいと思いませんか?)

これは、世界中の実例を紹介したり、そのセッションの参加者に自身のアイデアを伝えたりしたあとのひと言でした。

このセッションをはじめ、ジェイさんがおっしゃっているのは「あなたがまず価値を与えること、その対価としてお金をいただくのです」ということです。アイデアや方法によって自分が誰かに価値をもたらし、その価値を提供した相手には喜んでもらえて、自分は報酬が得られて、そしてまた、さらなる価値を提供して…という好循環を創り出していくことでもあります。この価値というのは、仕事だけにとどまりません。提供したものによって、その人の私生活を豊かにすることもあるからです。

お金をつくる、生み出す、稼ぐ、儲ける…さまざまな訳し方がありますが、ジェイさんのmake moneyは、仕事や人生を豊かにするものなのです。


watanabe_makiko:

ShimaFuji IEM 翻訳チームの一員です。
難解な言葉や韻を踏んだ表現、英語圏独特の考え方に出会うとワクワクします。その英語を通して、書き手や話し手の人柄が表われているからです。どのような日本語に訳していこうか、と考えながら日々格闘しています。

戦を略する

 

紀元前500年前後に中国で活躍した武将、孫子は

それまでに人々が考えていた「戦とは何ぞや」という

概念をひっくり返したと言われています。

 

それまでの時代には、戦の勝敗は天命が左右するものと

考えられていたそうです。

孫子は過去の戦を分析し、戦法を書にまとめました。

 

その中でも特に有名な概念は

「戦わずして、勝つ」というものです。

これが「戦略」つまり「戦を略する」という考えに

つながっていったものと考えられているそうです。

 

「戦わずに勝つなど、卑怯な!!」

と、思ってしまいそうになる私ですが

これは日本人固有の感覚でしょうか。。(武道の影響とか?)

でもよくよく考えてみるとそれは、スポーツの話でもなく

ゲームの話でもなく、多くの人命が関わる戦の話です。

避けられるのであれば戦いを避けるのは真っ当と言えます。

 

 

ジェイさんはよく”Strategy” (「戦略」)という言葉を用いますが

ShimaFuji IEM翻訳チームでは長いこと

この言葉の訳に悩んできました。

もちろん、ジェイさんが語るのは戦ではなくビジネスです。

色々な専門用語を使われる師ですが、軍事用語は

その中でも特に多く使われています。

 

しかしながら、軍事用語とジェイさんの思想が

相容れないような気がして、私はなんとなく違和感を

感じてきました。

師の考えや方法論は攻撃的なものではなく、

むしろ人間の本質や、ロジックに基を置いています。

それはゲーム感覚で人を操るものでもなく、

むしろ相手を尊重し、その気持ちに寄り添うものです。

 

そんなときに孫子が言うところの「戦略」つまり

「戦を略する」という考えを知って、腑に落ちました。

孫子は、己を知り、相手を知ることが戦のカギを握る、と

説いています。

そのようにしてはじめて、戦の規模を最小限に抑えて勝つための

出方を知ることができると。

ジェイさんがいつも「自社や競合が、何をどんな動機で

どのように、誰に向けて行っているのかを分析しなさい」と

仰っているのを思い出します。

 

孫子においても、ジェイさんにおいても

それは「ラクして勝とう、ラクして儲けよう」という

考えとは真逆の思想です。

それはむしろ、損失や疲労を最小限に留めながら

成果をあげるために、よく学びよく考える、という部分に

重きを置いているように思えます。

同時に、「戦略」の第一歩が把握と分析から始まることも

分かります。

 

ちなみにこの孫子は、冷淡な一面もあったことで

知られているようですが、現代の戦略家・ジェイ師に

冷淡さは感じられません。

ミーティングで大切な話をしている途中でいきなり

「真澄の眉毛はキュートだね!」と言ってきたりと

お茶目な一面に、いつもほっとさせられている私です。

 

(a_washiyama)


a.washiyama

a_washiyama:
ShimaFuji IEM 翻訳チームのメンバーです。
翻訳家としてまだまだ勉強中ですが、ジェイさんのお考えを分かり易く、正確にお伝えできるよう、邁進して参ります!

お客様目線

ビジネスでは、商品開発からマーケティング、販売、フォローアップまで、「お客様目線」で考えることが大切だと言われています。

昨年12月に行なわれたビジネスサミットと経営塾に参加しているとき、「お客様目線」という言葉が頭の中に何度も浮かびました。ジェイ・エイブラハム氏がお客様、つまり参加者の立場に立って常に行動していたからです。今まで翻訳してきた文章の中で何度も「クライアントの立場に立って」という言葉がありましたが、これほど徹底的に実践しているのを目の当たりにして、その言葉の重みを強く感じました。

たとえば、参加者の理解度を常に確認しながら話していたことが印象的でした。講演中に話がひと区切りつくと、「ここまでの内容はわかりますか」と参加者に問いかけていました。あまり反応が見られないと「わからなければ首を横に振ってください」と呼びかける場面もありました。

また、エイブラハム氏が関わってきた世界各地のさまざまな業種の実例をあげて説明し、「参加者のみなさんが自分のビジネスで実践できることを持ち帰ってもらいたいのです」と言って、参加者が行動を起こすように促していました。

休憩中には、私たちスタッフに「内容はどうだったか」「参加者の反応はどうか」と必ず尋ねてきました。また、そこから派生して、日米のリアクションの違い、教育システムの違い、言葉の構造の違いなどについて話し合うこともありました。

そして休憩後は、参加者やスタッフのフィードバックに合わせて話す内容を変えていくのです。たとえば、参加者にあまりなじみのないコンセプトを話したときは、具体的な例を含めてもう少し説明してから次の項目に移っていきました。

このように、すべての言葉や行動が参加者の立場に立って生まれたものでした。ジェイ・エイブラハム氏の「クライアントの立場に立って」という言葉を身にしみて理解できたと同時に、世界トップのビジネスコーチのこの真摯な姿勢と柔軟な対応を目の前で見て圧倒された数日間でした。


watanabe_makiko:

ShimaFuji IEM 翻訳チームの一員です。
難解な言葉や韻を踏んだ表現、英語圏独特の考え方に出会うとワクワクします。その英語を通して、書き手や話し手の人柄が表われているからです。どのような日本語に訳していこうか、と考えながら日々格闘しています。

言葉の達人

ジェイ・エイブラハム氏の文章を訳すとき、毎回驚くことがあります。それは語彙の豊富さです。

『限界はあなたの頭の中にしかない』では、「古書店で辞書を買って1日5単語覚えることから始めた」こと、そして、「現在は言葉の正確さについて高い評価をいただいている」ということが書かれていました。

あるとき、こんな表現に出会いました。

their proprietary systems

真ん中の単語が目にとまりました。

一般的な文章なら、own(彼ら自身の)やunique(ユニークな、独特な)、あるいはただ「their systems」と書くところです。なぜ、proprietaryという単語を選んだのでしょうか…

proprietaryとは、
・著作権や商標登録があること
・そのモノやコトを所有しているという事実、その所有者
を表わす形容詞です。

ということは、単なる文法上の飾りでつけたのではなく、成功した人たちそれぞれに特有のシステムを表わしている、それも商標登録しているか、それに近いくらいユニークで価値あるシステムを表わしているのではないか、と思いました。

そう考えると、心の中では、「彼らの」でもなく「ユニークな」でもないproprietaryを説明したいと思うのですが、それを各単語について繰り返していたら、とてつもなく長い訳文になってしまいます。さらに、この単語が含まれていた一文はさらっと読まれるべきもので、文章全体としてのポイントは他の文にありました。

ということで、以上のことを考えた結果、私は「独自のシステム」という訳語を選びました。

このように、形容詞1つを取り上げてみても、その単語でなければ表わせない意味が込められています。世界トップのビジネスコーチは、言葉づかいの達人でもあるのでした。


watanabe_makiko:

ShimaFuji IEM 翻訳チームの一員です。
難解な言葉や韻を踏んだ表現、英語圏独特の考え方に出会うとワクワクします。その英語を通して、書き手や話し手の人柄が表われているからです。どのような日本語に訳していこうか、と考えながら日々格闘しています。

 

 

 

言葉の探偵

翻訳をしているとき、「この場面で最適な日本語は何だろうか」と考えていると、自分が探偵になったような気分になります。

ジェイ・エイブラハム氏の英語を和訳するとき、一番の手がかりとなるのはその原文ですが、ウェブサイトや著書を参考にすることもあります。また、言葉の手がかりとして、各種辞書は欠かせません。

意外にも、英語圏の小説(原書・日本語版)が役に立つこともあります。小説の表現で頭を柔らかくしておくと、師独特の言い回しを訳すときに脳内の日本語と英語のパイプラインがスムーズに働くのです。

つい先日も、探偵のように言葉を探したことがありました。同じ文書内に、rewardとpayoffという言葉が登場しました。さらには、remunerationという見慣れない言葉もありました。

まずは手がかりの1つ目、周囲の文章を見渡します。rewardもpayoffも似たような文脈だったので、この2つが示す意味も似ていると推測しました。Remunerationも、前後の文脈からrewardやpayoffと同じような意味だと推測できました。

また、話の内容だけではなく、具体例を挙げて話しているのか、段落のまとめとして抽象的に話しているのか、ということも見ていきます。それによって選ぶ言葉が変わってくるからです。

そして手がかりの2つ目、辞書を引いてみます。英英辞書でそれぞれの意味を調べてみると、reward、payoff、remuneration、それぞれ少しずつ意味が異なることがわかりました。

次に、英和辞書でそれぞれの英語に対応する日本語を調べてみます。報酬、見返り、謝礼、利益、メリットなどの日本語が出てきました。ここで、日本語の意味を国語辞典で調べたり、類語辞典を引いて訳語の候補を増やすときもあります。ある英単語が複数の場面に登場する場合は、それぞれの場面で異なる訳語をあてたほうがよいこともあるからです。

このときは、rewardが何回か登場していました。翻訳チームで話し合った結果、ある文章では「報酬」、別の文章では「見返り」という訳語をあてることにしました。また、payoff は利益、remunerationは報酬という訳語にしました。

探偵のようだとは思いつつも、答えはいつも必ず1つ、とはかぎらないのが翻訳の醍醐味でもあり、悩みどころでもあります。

(watanabe_makiko)

watanabe_makiko

watanabe_makiko:

ShimaFuji IEM 翻訳チームの一員です。
難解な言葉や韻を踏んだ表現、英語圏独特の考え方に出会うとワクワクします。その英語を通して、書き手や話し手の人柄が表われているからです。どのような日本語に訳していこうか、と考えながら日々格闘しています。