人はお金で動くのか?心理学から見たお金のチカラ

by クリスチャン・ジャレット

 
大金が手にはいるとわかれば、誰でも必死になる。

そんなことはあたりまえのように思えます。

だとすると、あなたが誰かにもっとがんばってほしいと思ったら、

お金をあげるから、と働きかければいいことになります。

ところが、現実はそんな簡単な話ではないようです。

 

お金にはすべてを変える力がある

 

お金がからんでくると、私たちのとらえかたはまるで変わってしまいます。

お金には、私たちを利己的に、また、競争心を駆り立てるちからがあるのです。

 

また、情熱を傾けてチャレンジしていたことが、

多額の報酬が得られるとわかったとたん、目的が金銭にすりかわってしまうこともあります。
こんな例を考えてみましょう。

余暇を利用して、あなたは本を書いているとします。

執筆は楽しく、寸暇を惜しんであなたは原稿に向かっています。
すると、その原稿を読んだ人が、まだ途中にもかかわらず、

それを書き終えたらお金をあげよう、と申し出てくれました。

 

今や執筆は、あなたにとってのフルタイムの仕事となたのです。

確かにこれは表面的には良いことのようにも思えます。

 

けれども、執筆に向けた心の持ちようは、申し出を受けた瞬間から変わってしまっていることでしょう。

あなたは書くことで、お金という報酬を得る。

原稿は、書き上げなければならない仕事となり、

完成を待つ人に対して、あなたは責任を負うようになったのです。

仕事のかたわら、趣味として、何かを作りだそうとしている人にとっては、

こうした出来事はよくあることでしょう。
さて、あなたはこれからどうなるのででしょうか?

 

お金という誘因(インセンティブ)が、人々の行動にもたらすものは、

なかなか予測がむずかしく、逆効果である場合も少なくありません。

心理学は、個人や集団にお金がからむと、

予測できない結果が生まれることを明らかにしています。

 

Work Chicago Daycare

お金は私たちの道徳意識をむしばむ

 

2000年にユーリ・ニージーとアルド・ルスティチーニは、こんな論文を発表しました。

 

保育園の子供を迎えに行くのに遅刻した人に対する罰金の事例です。

保育園は、子供のお迎えに遅刻した保護者に対して、罰金を科す、という規則を設けました。

ところが罰金にもかかわらず、遅れてくる保護者は徐々に増えていき、

結局、その数は倍にまでふくれあがったのです。
どうしてこんなことが起こったのでしょうか?

保護者は、罰金が、遅刻した場合に起こりうる最悪の事態であることを

知ってしまったのです。

 

罰金が科せられる以前は、保護者は子供と保育園のスタッフを待たせることの罪悪感から、

なんとか時間通りに保育園に着こうとしていました。

ところが今や保護者は、実際上、延長サービスの料金を支払っているも同然になったのです。

お金を導入することによって、暗黙のうちに築かれていた保育園と保護者の、

社会的な信頼関係と道徳観は、お金を導入したことによって損なわれてしまったのでした。
同様の転換が、あなたの仕事と人間関係の上で起こっていないか、考えてみてください。

 

あなたが仕事外の時間に、情熱を傾けて取り組んでいるプロジェクトでは、

自分の創造力を満足させることが、原動力になっています。

そのために、あなたは誰にも言われなくても、熱中してやっているのです。

あなたにとって、自分の創造性を充たすことは、何よりも大切なことなのです。

 

一方、仕事の合間にお金が支払われるプロジェクトをやるとなると、

お金以外の動機づけはなくなってしまい、道徳観も、人間関係も関係ありません。

それは、仕事の余暇、息抜きをする代わりにお金を稼ぐ、出口の見えない仕事になってしまったのです。

 

 

お金は私たちの時間感覚を歪める

 

1970年代に、エドワード・デシは、ボランティアの被験者にパズル・ゲームをやらせ、

その中の数人にだけ、お金を支払いました。

 

数日後、お金を支払った人々に、もうお金は出ないことを伝えた上で、

被験者全員を、ゲームと一緒にその部屋で待機させたのです。
最初にお金をもらった人々は、ゲームに触れようともしませんでした。

一方、お金をもらっていない被験者は、その間、楽しくゲームで遊んでいました。

 

いったい何が起こったのでしょうか?

 

お金をもらった被験者にとって、ゲームをすることは、

余暇の有効活用ではなく、「ただ働き」にほかなりませんでした。

 

それに対して、お金をもらっていない被験者にとって、

ゲームは一貫して、楽しむものだったのです。
また、時間給で働く人にとって、時間の感じ方がどのように変わっていくかを

調べた研究もあります。

 

サンフォード・デボーとジュリアン・ハウスは、

自分の時給を意識するように指示された人は、休憩時間、

音楽を聴くなどしても、あまり楽しむことができないことを明らかにしています。

 

つまり、時給10ドルの人にとって、2時間音楽を聴くことは

その音楽を聴くために、20ドルかかったように意識される、というのです。

 

Sarasota Design Conference

お金は私たちを怠惰にする

 

共同作業の場にお金がからんでくると、事態はいっそう複雑になります。

ある状況下では、高い報酬が、徐々にチーム全体の活動をむしばんでいくことさえあるのです。
どうしてそのようなことが起こるのでしょうか?

新しい雑誌の刊行に取り組んでいる、3人のデザイナーを想像してみてください。

それぞれがリサーチをおこなった上で、表紙のデザインを出し合っています。
仮にあなたがクライアントで、

良い結果が出れば、デザイナーに多額の報酬を支払おう、と言ったとします。

ここで、いわゆる「インセンティブ・リバーサル」として知られる現象が作用し始めるのです。
多額の報酬が支払われるという約束を聞いて、第1のデザイナーは気持ちが少しゆるみ、

自分が少しぐらい手を抜いても、ほかのメンバーが穴埋めをしてくれるにちがいない、と

思うようになるのです。

多額の報酬を得るために、おそらくほかの2人は一生懸命働くに決まっている、

だから自分はラクをしてもかまわない、と思うのです。
ところが実際はそうなりません。

ほかの2人も、同じようにさぼることを考えてしまうからです。

こうして、多額の約束は、裏目に出てしまいます。
報酬額が少ければ、このようなことは起こりません。

こんな報酬では、ほかの人たちはそんなに頑張って働かないだろうから、

自分がしっかりしなければ、と第1のデザイナーは考えます。

ところがそう考えるのは、第1のデザイナーばかりではないため、

結局、さぼる者は現れません。

こうやって、少額の料金で、チーム全体が一生懸命働くということになります。
とはいえ、多額の報酬の約束という仮定は、

補ってくれる人がいるからさぼる、という考え方が、経済的に理にかなっている、ということであって、

かならずしも実際に人がそうふるまうというわけではないのですが。
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以上のことは、お金が実際に、動機づけには何の効果もない、といっているわけではなく、

予想が一筋縄ではいかない、と言っているにすぎません。

 

結局のところ、「情熱」には値段のつけようがないのです。

私たちがしっかりと認識しておかなければならないのは、

お金は決して万能薬ではない、ということです。

 

お金次第で、万事解決するわけではないのです。

もしあなたに情熱を傾けている、大切なプロジェクトがあったとしたら、

それを商品化するときには、よく考えてください。

ひとたびお金がからんでくると、もう後戻りはできなくなってしまうのですから。

 

 

著者:Christian Jarrett 心理学者 近著に『Great Myths of The Brain(脳の神話)


元記事:http://99u.com/articles/26185/how-money-makes-us-lazy

(翻訳:服部聡子)