起業家にとっての周到さと情熱
ハーバード・ビジネス・レビュー 2015年 6-8月号
起業を目指す人の多くは、情熱こそが成功のための鍵と思っていることでしょう。
たとえば、クラウドファンディング・サイトでも、
プロジェクトに対する情熱だけは誰にも負けないとばかりに、
起業家同士がお互いに張り合っているのが見られます。
そして、資金集めについて言えば、このやり方でも実際にうまくいくものです。
情熱というものは、芽の出そうな新しいアイディアを探している
ノン・プロの投資家にはアピールするものなのです。
ですが、長期的な成功という観点で見ると、話は違ってきます。
何百人もの起業家を対象に新しい研究が行われ、数年単位での未来の成功は、
情熱とは何の関係もないことが明らかにされたのです。問題となるのは、周到さでした。
つまり起業家が、自身の事業のアイディアを具体的に思い描けているか、
狙いをつけた市場を深く理解しているか、
また、障害を乗り越え不測の事態が起こってもそれを利用できるような計画を作成できているか、
ということがポイントだったのです。
ライス大学のウトパル・M・ドラキアの研究チームは、
大学レベルを対象にした全米最大の起業コンペの研究を行いました。
参加したプロジェクトは、バイオ技術からライフサイエンス、
消費者向け製品や小売りにまでおよびます。
当初、プロジェクトの成否を判断するポイントを聞かれた参加者は、
情熱の有無をあげていました。
そして研究チームは、その3年後に、まだベンチャーが好調な一部の参加者に同じ質問をしたのです。
研究チームの分析で、プロジェクトの運命を左右する上で、
情熱は何の役割も果たしていないということが明らかになったのです。
全てではないにせよ、ビジネスが飛躍するために必要なのは、周到さだったのです。
研究チームはまた、全世界で資金集めに利用されているクラウドファンディング・サイトの最大手、
インディーゴーゴーに掲載されている522のプロジェクトを調査しました。
サイト上の起業家のビデオと文章の声明を、2つの要素から分析したのです。
1つ目は情熱の表れ方、例えば「非常に真剣です」や「全てを捧げています」のような言葉で
(「情熱」という言葉そのものはもちろん含めます)、
2つ目は周到さを証明するもの、
例えば、アイディアを実現させるために必要なものやリソースを発見したことが報告されているかなどです。
研究の結果、情熱的な起業家は、資金の目標金額に達する可能性が約3倍となる一方、
周到さは、目に見えていても何の影響もないことが分かったのです。
さらに研究では、職業投資家は、ノン・プロの投資家とは全く別の見方をしていることが明らかになりました。
職業投資家は一般的に、起業家の情熱は割り引いて考え、周到さに最も注目するというのです。
ですが、起業家が職業投資家を通さずに一般の投資家に直接アピールするようになっていることを考えれば、
また、一般の投資家が情熱的な起業家を好むというのであれば、起業家がするべきことは自明でしょう。
研究チームは、起業家は情熱に頼るべきではないと言っているのではありません。
結局のところ、情熱を前面に押し出さなければ、十分な出資を得られないこともあるでしょう。
ですが、起業家本人の頭の中でも、出資者向けの広報でも、
情熱が過度に強調されるとネガティブ要素となってしまうことが、ままあるのです。
そのかわりに起業家は、情熱を表しながらも、周到さとのバランスをうまく取る必要があります。
適切な人材の確保や、その他、成功を左右する細かい課題にも気をまわしていることを、
明確に伝えていかなければならないのです。
起業家も、起業家を値踏みする投資家も、周到さを欠いた情熱だけでは、
価値は少ないということを意識する必要があるのです。
(ハーバード・ビジネス・レビュー 2015年 6-8月号)
(翻訳:角田 健)