音楽認識アプリが音楽を変える?(後編)
by デレク・トンプソン
前編より続く
データへの依存がもたらす音楽スタイルの「クラスター化」と
ポピュラー音楽の無個性化
同じヒット曲が流れる回数がどんどん増えているというだけでなく、
ヒット曲そのものも似通ってきているのです。
レーベルも売れる音楽を特定する術に長けてきており、
それと同時に、売れる音楽を模倣したアーティストへの投資決定もスピーディーになってきています。
私が意見を聞くことのできた音楽業界関係者は皆、
データに依存することが同じスタイルやジャンルが群がるようになる「クラスター化」につながり、
ポピュラー音楽は退屈で無個性なものばかりになってしまうと口を揃えます。
2012年、スペインの国立研究評議会の発表したあるレポートが、世界中の音楽マニアを喜ばせました。
ポピュラー音楽は、どうやら、どんどん退屈なものになってきており、音量は大きくなり、
またパターンの決まったコード進行を何度も繰り返し使うため意外性が失われつつあるというのです。
この研究では、1955年から2010年までに世界中で発表された464,411のポピュラー音楽を分析しました。
その結果、10年単位で見た場合に、2000年以降に流行した曲は、
それまでのどの時代より「音程の変化のバラエティーが少ない」ということを発見したのです。
研究チームの結論は、古い曲であっても、ただ楽器編成や編曲をリフレッシュし、
「平均的な音量」を上げるだけで、「斬新でファッショナブル」に聞こえるようになるというものでした。
ポピュラー音楽のアーティストの側に問題があるわけではありません。
私たちの脳が、聞いたことのあるメロディから逃れられないようにできているのです。
(オハイオ州立大の音楽理論研究者、デビッド・ヒューロンは、
私たちが音楽を聴いて過ごす時間の少なくとも90%は、
聴いたことのある曲を探すことに費やされていると言います。)
なぜなら、親しみのある楽曲は脳が処理しやすいのであり、
また、音楽であれ、絵画であれ、何かのアイディアであれ、考える必要が少なければ少ないほど、
私たちはそれを好きになりやすいのです。
これは、心理学では流暢性という概念で語られます。
「情報処理が流暢である」とは、脳に入る情報が予想されたパターンにきれいに当てはめられ、
それに満足し自信を感じている状態を指します。
親しみのあるものは心地の良いものです。不安を感じているときは特にそうでしょう。
とは、流暢性を研究する、南カリフォルニア大のノーバート・シュワルツ心理学教授の言葉です。
機嫌が悪いときには、古い友達と会いたくなったり、
大好きな食べ物を食べたくなったりするでしょう。
メディアや情報の選び方にも、これがよく当てはまると考えています。
ストレスが溜まっているときは、新しい映画を見たり難解な音楽を聴いたりしたくはなりません。
よく知っていてなじみのあるものを欲しがるはずです。
しかし、音楽が低脳化、大音量化、定式化への道を一直線に突き進んでいると考えるのは、
単純に過ぎるすぎでしょう。
レーベル各社はヒップホップとカントリーの人気にすでに気づいているのであり、
これらのジャンルを伝統的なポピュラー音楽と混ぜ合わせることで革新的な新しい音楽を生み出しています。
夏のヒットソングだった『プロブレム』は、ふらつくようなサックス、
90年代ポップソング風のボーカル、ささやき声のサビ、さらに女声のラップを組み合わせています。
実に変わったサウンドでしたが、ひとときの間は、至る所でかかっていました。
また、カリフォルニア大学デービス校で音楽産業でのジャンルの混合を研究しているグレタ・シュウ准教授は、
ジャンルを混ぜ合わせることにはリスクはあるが、
複数のオーディエンスに対して新鮮であると同時に耳なじみのある音楽と受け入れられ、
際立った成功を納めることもあると、私に語りました。
また、データの力が楽曲の制作プロセスを取り込むまでにはいたっていないということも、
音楽ファンにとってはなぐさめとなるでしょう。
プロデューサーやアーティストはトレンドには敏感ですが、
表やデータの中に埋もれて仕事をしている、スーツ姿のレーベル・エグゼクティブとは異なります。
レコーディング・ルームにまで機械が侵入してこない理由は、
リスナーが好むのが少し難のあるリズムだからかもしれません。
2011年のハーバード大による研究で、ロボットのドラマーやその他の機械が演奏する音楽は、
私たちの耳には正確すぎるものだということが判りました。
研究を率いたハーバード大の物理学研究者、ホルガー・ヘンニグは
人間が叩き出すリズムには不完全な部分があり、
それがどうやら、私たちの耳に完璧なほどになじむらしいのです。
と言います。
ヘンニグは、熟練のミュージシャンが集まって演奏すると、ミスもしますがそれだけではなく、
そのささいな変化がベースになってさらに音楽が発展し、
生の音楽がちんまりとまとまってしまわないようにしていることを発見しました。
インターネットを通して、私たちは驚くほど大量の音楽に触れることができます。
独創性がないものもありますが、大部分は大胆で実験的で、見事とさえ言っていいものもあります。
スポティファイやパンドラのようなストリーミング・サービスがあれば、
何十年か前までは世界最大のレコード店にさえ入りきらなかったコレクションを
試聴することができるようになっています。
また、こういったサービスは、ただコレクションが幅広いというだけでなく、
検索することが可能で、各ユーザーに合わせてパーソナルに仕様を変えることもできます。
パンドラのチーフ・サイエンティスト、エリック・ビーシュケはこのように言います。
ユーザーの方々にはあまり知られていませんが、
パンドラのアルゴリズムは一つだけではないのです。
数多くのアルゴリズムがジャンルや人気、リピートの多さなど、
様々な方法で人と音楽を結びつけているのです。
さらに、それら全てのアルゴリズムをメタ・アルゴリズムが統括しています。
例えば、オーケストラがたった一人の観客ために演奏しているとして、
メタ・アルゴリズムはその指揮者みたいなものです。
未知の音楽が眠る鉱脈は、いくらでも地中深く掘り下げていくことができます。
ですがやはり、スポティファイで最も人気のプレイリストは「今日のトップヒット」なのであり、
パンドラで最も人気があるステーションは「今日のヒット」なのです。
果てしのない音楽の宇宙が目の前に広がっていても、私たちの多くは、
他のみんなも聴いていると思う音楽を選ぶのです。
著者:デレク・トンプソン(アトランティック編集主任)
(翻訳:角田 健)