エバンジェリズムの技術

by ガイ・カワサキ
元記事:http://bit.ly/1QCvc0E
(※著者の承諾を得て翻訳しています)
 
ずいぶん前の話ですが、私はアップル社で大きな変革を成し遂げました。
 
当時の役職は「ソフトウェアエバンジェリスト」。
私の役目は、ソフトウェア開発者に対して、Macコンピューターの啓蒙活動をおこなっていくことでした。
 
やがて私の肩書きは「チーフエバンジェリスト」となり、
開発者のみならず、生産性を上げたい、創造性を高めたいと考える人すべてに、
Macコンピューターを伝えていく役割を担うようになったのです。
 
アップル社を去ってから、私は数多くのことをやってきました。
著述家、講演者、起業家、ベンチャーキャピタリスト、アドバイザー、もちろん父親でもありました。
けれども今日まで一度も「チーフエバンジェリスト」という肩書きを使用したことはありません。
というのも、この肩書きは、世界を変革しうるようなもの、
少なくとも、変革に向けての大きな推進力となるような創造物にしか使えないものだからです。
 
Macコンピューターは世界を変えました。
Macによって、コンピューターは大衆のものになったのです。
Googleも世界を変えました。
誰もが情報を手にできるようになりました。
eBayもまた世界を変えました。
誰もが商取引の世界に参入できるようになったからです。
 
20年間、さまざまなものを見てきて、私はCanva社にめぐりあいました。
ここなら、デザインをみんなのものにすることを通じて、世界を変えることができる、と。
だから私は現在Canva社のチーフエバンジェリストをやっているのです。
 
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私たちはCanva社の「コンテンツマーケティング」に対して、大きな自信を持っています。
それは、読者と顧客に対して価値ある情報を私たちが提供する、というものです。
 
私たちが定義する「価値あるもの」というのは、自分の人生をより良いものにできる「何か」のことです。
むしろ、売り上げを増やしたり、利益を出したり、というのとは対立するものです。
この精神に基づいて、製品やサービスを伝えていくエバンジェリズムの方法をご紹介しましょう。

すばらしいものにしよう

ガラクタを世間に広めるのは、非常に困難です。
素晴らしいものを伝えることの方が、はるかに簡単です。
私が学んだのは、
エバンジェリズムの第一歩は、すばらしい製品やサービスにあるということでした。
 
すばらしい製品やサービスとは、以下に挙げる5つの長所を備えているものです。

深いものであること

つまり、製品やサービスが、多様な特質を備えているかどうかということです。
というのも、良い製品やサービスは、さまざまな人のニーズに応え、
その人にとって必要性が最大となる、まさにその時に応じるものでなければならないからです。

知性の感じられるものであること

人々は、製品やサービスを利用しながら、
誰か頭の良い人が、自分がこれまで抱えていた問題や苦痛に気がついて、解決してくれたのだ、と感じます。

完成度の高いものであること

完成度の高い製品は、あらゆるニーズに応えるものです。
たとえばすばらしいソフトウェアとは、単なるダウンロード可能なファイルではありません。
文書化機能があり、サポートが受けられ、一連の拡張機能をも備えたものを指します。

人に力を与えるものであること

すばらしい製品やサービスは、人に力を与えます。
というのも、そのおかげで人は成長できるからです。
すばらしいものがユーザーを拒絶することはありません。
人の味方となってくれるものです。

エレガントなものであること

つまり、製品やサービスが単に機能的であるばかりでなく、
人々がより簡単に、よりすばやく使えるような設計がなされている、ということです。

「信念」を市場に出す

製品やサービスは、どれだけすばらしいものであったとしても、
それ自体は部品やコードの切れ端の寄せ集めに過ぎません。
それに対して、「信念」は人の生き方を変えます。
 
どれほどすばらしい製品やサービスを生み出しても、それだけでは十分ではありません。
それを市場に出し、人生をよりよいものにする手段であることを説明しなければならないのです。
スティーブ・ジョブズはiPhoneを、188ドルの部品の寄せ集めとして市場に出したわけではありません。
エバンジェリストは、iPhoneが高い倫理に基づくものであり、
お金と商品やサービスの交換を超えるものであることを、はっきりと理解しておく必要があるのです。

「信念」を愛する

「エバンジェリスト」は肩書きではありません。
それは生き方そのものです。
つまり、エバンジェリストは自らが伝え、広めようとしているものを愛していなければなりません。
 
どれだけ素晴らしい人であっても、製品やサービスの「信念」を愛していないのなら、
その製品のエバンジェリストにはふさわしくありません。
自分が愛せないものを、わざわざ広める必要はないのですから。
 
このことは、雇用にも大きく関わってきます。
高い教育と関連職種の経歴だけでは十分ではありません。
エバンジェリストが製品やサービスを愛するのと同じくらい、社員にも大切なことなのです。
 
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▲「エバンジェリスト」は仕事の肩書きではない。生き方である。(ガイ・カワサキ)

売り込みは最小限に

自社製品に対して、「革命的」「パラダイムシフト」「飛躍的」などという派手な形容を使って説明をすべきではありません。
 
Macコンピューターは、「パーソナルコンピューティングにおける第三のパラダイム」などではありませんでした。
単純に(そうして強力に)、1人が1台のコンピューターを使ってできることの生産性と創造性を上げていっただけです。
 
人々が買うのは「革命」ではありません。
頭が痛いときに「アスピリン」を買い、体調を整えるために「ビタミンサプリ」を買うだけのこと。
ですから、売り込みは限定的なものにとどめ、シンプルをこころがけるべきです。

改宗させるより、新規開拓を

ある宗教の信者を、別の宗教に改宗させることは、きわめて困難です。
Macコンピューターを誰よりも激しく拒んだのは、MS-DOS信者でした。
反対に、すぐにユーザーとなってくれたのは、これまでパソコンをさわったこともない人でした。
 
ある人が15分間、製品やサービスについての説明を受けても、
それを「受け入れ」ようとしないのであれば、見切りをつけ、別を当たった方が良いでしょう。

「信念」を試してもらおう

エバンジェリストは、見込み客の知性を疑いません。
だからこそ、広告や販促のためのプレゼントなどを使って、無理やり購入させようとはしません。
代わりに製品の「テストドライブ」する機会を提供し、決定は相手に委ねます。
 
エバンジェリストは自社製品が優れていることを知っているので、
購入前に試してもらうことに、まったく懸念を抱いたりはしないのです。
 
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デモンストレーションを学ぶ

「すばらしいデモンストレーションができないエバンジェリスト」というのは、矛盾した表現です。
自社製品やサービスについてのしっかりしたデモンストレーションができないような人は、
エバンジェリストには向いていません。
デモンストレーションをおこなうことは、呼吸するように無意識に、
第二の天性といえるほど、深く自然に身についたものでなくてはなりません。
この資質があったからこそスティーブ・ジョブズは、アップル社製品における世界最高のエバンジェリストとなったのです。

安全で簡単な初めの一歩を提供しよう

「信念」が受け入れられるまでの道のりは、ツルツルした斜面のようなもの。
障害はすべて除いておきましょう。
例1:「新しいコンピューターを1台、試すからといって、IT関係のインフラ全体を改修する必要はありません」
例2:「環境団体に参加するからといって、自分を木に鎖で縛りつける必要はありません」
例3:「ウェブサイトに登録するために、外国語を話したり、特別なキーボードを用意したりする必要はありません」

肩書きや家柄は無視しよう

エリート意識はエバンジェリズムの敵です。
もしエバンジェリストとして成功したいなら、地位や家柄は無視して、
あるがままの姿を受け入れ、誰に対しても敬意とやさしさを持って接するべきです。
 
経験的にいえるのは、秘書や助手、インターン、パートタイマー、見習いの人たちのほうが、
CEOや副社長よりも、新製品やサービスを受け入れやすい傾向があります。

嘘は絶対につかない

嘘はモラルの面でも、倫理的にも、誤った行為です。
嘘をつくと、自分が何を言ったか、いつも気にかけていなければならないので、
余計なエネルギーを使うことにもなります。
本当のことしか言わないでいれば、どんな嘘をついたか心配する必要は一切ありません。
 
エバンジェリストが伝えるのは、すばらしいもの。
だから、その特徴や利点に関する嘘をつく必要はないのです。
エバンジェリストは自分が扱っているもののことを知悉しているため、
無知を隠すための嘘も必要ありません。

友の存在を忘れない

上り調子の時こそ、人には親切にしましょう。
というのも、うまくいってないときにも、その人たちとまた会うからです。
 
iPodを買う可能性がもっとも高いのは、Macコンピューターを持っている人です。
アップルが次に販売するものなら何でも試してみよう、と考えているのは、iPhoneの所有者です。
ものごとはなんでもそういうふうになっていますから、友人のことはいつも心にかけておきましょう。
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▲上り調子の時も人に親切にしよう。下り調子になった時、かならずまた会うからだ。(ガイ・カワサキ)

結論

エバンジェリストと営業マンの違いは何か、とよく聞かれます。
答えはこれです。
 
営業マンが何よりも強い関心を注ぐのは、歩合であり、ノルマや契約を取ることです。
エバンジェリストは、心から他者の利益を考えています。
「これを試してみてください。あなたの役に立ちますから」
 
この違いを覚えておいてください。そうすれば間違いありません。
 

 

 

著者:ガイ・カワサキ


元記事:http://bit.ly/1QCvc0E

(翻訳:服部聡子)