言葉の橋渡し

翻訳とは、言葉の橋渡しをすることだと思っています。英語を日本語にただ置き換えるのではなく、原文の意味を正確に把握して、読み手が理解できる言葉で伝えるということです。

ある日、ホテル業界で売上や利益を伸ばすための方法について書かれている文章をチェックしていたときのことでした。

長旅で疲れている家族が到着したら、親がチェックイン手続きをしている間に、「子どもにはケーキなどを与える」と書かれていました。到着していきなりケーキを出すホテル??「ケーキなど」の「など」は何が含まれているのだろう???ビジネスの手法や戦略とうまく結びつきません。

原文は、「provide refreshments」でした。

幸いなことに、このときはこの原文の意味をすぐに理解することができました。私も経験したことがあったからです。

英語圏での経験は、アメリカの大学時代のことでした。大学のサークルやイベントのチラシで、このrefreshments (will be served)という言葉をよく見かけました。たとえば、新学期が始まり、サークルのチラシに「来ていただければrefreshmentsがありますよ」と書かれていたとします。この場合、ソフトドリンクが数種類とクッキーが数種類といったところでしょうか。あるいは、夕方~夜の時間帯ならピザが出されることもありました。

日本では、旅館やホテルに到着したあと、部屋に案内される前に「お茶とスイーツのおもてなし」を受けたことがありました。予約サイトやツアーのチラシには、「ウェルカムドリンク提供」と書かれていることもあります。

辞書を見てみると、「軽食」や「飲み物や食べ物」という訳語がありました。この言葉をそのまま挿入しても、たしかに間違いではありません。でも、このホテルの例で筆者が伝えたいことは、refreshmentsを出すことによって、この家族のホテル滞在経験をさらに良いものにしましょう、疲れを和らげてもらって気持ちよく滞在してもらいましょうということでした。さらには、ホテルを気に入ってもらい、リピーターになってもらうこと、それが売上増加につながるということも書かれていました。ですから、もう少し何か加えなければこのrefreshmentsの真意は伝わらないと思いました。

このrefreshmentsという単語に含まれているrefresh(リフレッシュ)という言葉が表わすように、気分をリフレッシュするようなものという意味も込めて、私は「気分を持ち直せるようにお菓子や軽食などを与えましょう」と訳しました。

もちろん、これがただ1つの正解ではありませんし、私以外の人が訳せばまた違った言葉づかいになるでしょう。ただ言葉の橋渡し役として、どんな場面でも誠心誠意務めを果たすことが、書き手に対しても読み手に対しても、最低限の礼儀だと思うのです。


(渡部真紀子)
ShimaFuji IEM 翻訳チームの一員。
アメリカの大学でビジネスを学んだ後、帰国して小売り業界で働くが、国際的な仕事への想いが募り、翻訳の道へ。マーケティング関連の翻訳を経て、弊社翻訳チームに加わる。