行動のためのデザイン
近頃目にする「デザイン思考」という言葉は、一体、何を指しているのでしょうか?
また、今日の市場で成功を収めている製品の多くが、
デザインを強く意識したものであることを見ても、
デザインの持つ意味が高まりを見せていることに気付かされます。
ですが同時に、存在感を増し続けるデザインも、今日、ある課題に直面しているといいます。
それはどのようなもので、どうやって解決していけばいいのでしょうか?
ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された”Design for action”という記事では、
米デザインコンサルタント会社IDEOのCEOティム・ブラウンと、
「デザイン思考」や「統合思考」を提唱し多くの著作を持つロジャー・マーティンが、
実例を交えて解き明かしていきます。
ここではその記事の内容をご紹介していきます。
新しい挑戦
目に見え、手に触れられるものを形作ることから始まったデザインが、
その対象の幅を広げています。
ハードウェア、インターフェイス、さらにはユーザーが製品に対して持つ印象、
体験の全てを含むユーザーエクスペリエンスが、
デザインの対象とされてきました。
そして今日に至り、企業の戦略立案や、
様々な組織とステークホルダーが効率的に協働するための仕組み作りにまで、
デザインの概念が適用されるようになっています。
しかし、デザインの対象物がより複雑化するにしたがって、
ある課題が浮き彫りになってきました。
作り上げられたデザインの対象物を、異なった利害関係を持つ複数のステークホルダーに、
どのようにして受け入れさせればいいのか、という問題です。
従来のような、ハードウェアのデザインであれば、
このような問題を意識することは多くありませんでした。
記事では、このように述べています。
既存製品に類する新製品のローンチは、普通は、良いことと考えられています。
例えば、自動車であれば、既存車種のハイブリッド車のバージョンなどが
あげられるでしょう。
新しい売り上げを生み、組織全体にとってネガティブな点はないように思われます。
組織やそこでの人々の働き方に大きな変化をもたらすものではなく、
そのため本質的に、新しいデザインのせいで誰かの首が危うくなるとか、
既存の権力構造が揺るがされるといった恐れはないのです。(”Design for action”)
ですが、デザインの対象物がより複雑さを増すに従って、
それがもたらす波及効果は無視できないものになってきています。
新しい、複雑化されたデザインには、導入にあたっても、
デザイン的な視野から注意を向ける必要があるのです。
本文中では、自動運転車を例にとっています。
長大なサプライチェーンや幅広い関連産業が互いに依存しあっているビジネスの場合は、
新しいデザインを現状に統合させることが、さらに大きな課題として立ちはだかります。
例えば、自動運転車が成功するためには、自動車メーカー、技術を開発する者、
制度の面、市や国の当局、関連するサービス業、
そしてエンドユーザーがこれまでなかったやり方で一致団結して、
取り組む必要があります。
保険業者は、リスク査定ではユーザーとどのように関わるのか?
自動運転車から得られたデータが交通の把握や規制のために供される場合、
プライバシーはどのように守られるのか? (引用同)
介入のデザイン
このように、対象物が複雑化するにつれ、デザインは周囲を幅広く巻き込み、
関与するステークホルダーも数を増し、受け入れが容易でなくなってきます。
ですが、大規模で画期的なデザインの導入に際しては、
下記の二つのアプローチを同時にとることで、定着の可能性が増すというのです。
すなわち、対象物のデザインと、現状への介入のデザインです。
従来、製品のデザインを行う者は、ユーザーを調査し製品概要を作成するところから始めていました。
その上で、実際の製作に入ってデザインを作り上げ、クライアント企業が製品ローンチを行う。
しかし、このやり方では、ユーザーの反応を正確に予想することは困難でした。
そこでデザイナー達は、できるだけ早い段階でユーザーのもとを訪れ、
完成度の高いものでなくても、プロトタイプを提示して、フィードバックを得ることを始めたのです。
そしてこれを繰り返し、ユーザーが満足するまで試作を繰り返したのです。
こうすることで、クライアント企業が製品をローンチする頃には、
市場での成功はほぼ約束されたものとなっていたのです。
また、これを行うことで、資金やクライアント企業の内部での承認も得やすくなったといいます。
つまり、現状への介入の仕方にデザイン的な思考を取り入れることで、
新しい製品デザインそのものの導入が容易になった、ということです。
新しいペルーのデザイン
さらに本文では、より大規模な仕組みのデザインと介入のデザインの例として、
ペルーのインターコープ・グループをあげています。
CEOのカルロス・ロドリゲス=パストールJr.は、
銀行グループのCEOでありながら社会変革を胸に抱き、
ペルー経済を変貌させるには厚い中産階級の存在が不可欠であると考えていました。
そのためにロドリゲス=パストールが行ったものの中に、
農村部でのスーパーマーケットの経営があります。
もし、インターコープが従来と同じようなビジネスの知恵にならうなら、
すでに中産階級が形成されつつあった首都リマの
富裕な地域に注目していたでしょう。
ですが、ロドリゲス=パストールは、
地方にも同じように中産階級が必要であると考えました。
地方での中産階級の育成に雇用創出が必要なのは明らかです。
雇用創出のためにインターコープができることは、
スーパーマーケット・チェーンを出店することでした。
2003年にロイヤル・アホールドから購入して、
スーペルメルカドス・ペルアノスと名前を変えさせていたのです。(引用同)
しかし、ロドリゲス=パストールは、
スーパーマーケット・チェーンの展開が雇用創出には寄与するものの、
地方の農家の生活を困窮させていることにも気がつきました。
地方の小規模農家は衛生基準が低いことも多く、
大規模生産者に比べて倦厭されてしまっていたのです。
そこでインターコープは、地方の農家とのつながりを通じて、
地方での農業生産を活性化する必要性が出てきたのです。
インターコープは、2010年には、コ
ルポラシオン・アンディーナ・デ・フォメント(NGO)とワンカヨ地方政府の助けを借りて、
ペルー・パシオン・プログラムを始めました。
このプログラムは、農家と小規模な製造業者が、
近隣のスーペルメルカドス・ペルアノスに商品を供給できるように、
生産能力を高める援助を行うものです。
そして時間が経つうちに、それぞれの地域一帯、
あるいはペルー全体に、独力で商品を納める事業者も出てくるようになったのです。(引用同)
このようにしてインターコープは、ビジネスをデザインし、
その現状への導入をデザインし、中産階級の拡充という目標を達成してきました。
ステークホルダーの利害を注意深く読み取り、
巻き込んでいくための手順を入念に計画してきた結果です。
そして記事は、下記の文章で終わるのです。
デザイン思考は、手に触れられる製品のデザインのプロセスを
改善するためのものとして始まりました。
ですが、それで終わりではありません。
インターコープや他の成功のエピソードが示すのは、
画期的な新しいアイディアと体験に人を巻き込んでいくことに伴う、
目に見えない課題に取り組むときこそ、
デザイン思考の原則はより力を発揮する可能性を秘めているということなのです。(引用同)
角田 健 (引用:「行動のためのデザイン」:ハーバード・ビジネス・レビュー)