ジェイ・エイブラハムが使っている専門用語をどう訳すか

“reference frame”(準拠枠)って何?

ジェイさんの卓越論上級編の中に、reference frameという言葉が出てきます。
これは社会学の用語で「準拠枠」という定訳があります。でも、「準拠枠」なんて言われても、ちょっとわけがわかりませんよね。

つまり、どういうことかというと、たとえば1人の学生が起業を志している、とします。
そこでスティーブ・ジョブズやイーロン・マスクの伝記を読み漁り、同じく起業を志す学生に連絡を取って、「起業を考える学生の会」などのサークルを作るとする。

彼の頭の中では「起業を考える学生の会」の一員である、という意識が、大学という現在所属している集団よりも、家庭という生まれてこの方ずっと所属している集団よりも、大きな場所を占めるようになってくる。
このとき「起業を考える学生の会」のクラブは彼にとっての「準拠集団」(reference group)であるといいます。

もともとの所属集団とは別に、みずからその一員になりたくて、そのメンバーとして進んで行動するようなグループが準拠集団なんです。行動のモデルとして参照するような集団だから、reference(参照) ですね。
わざわざ「準拠」というなじみの薄い言葉を当てなくてもいいと思うんですが。

そのうち彼は「(将来の)起業家」の目で、買い物をするときも、ニュースを読むときも見るようになります。また、大学へ行っても、起業にかならずしもプラスになるとは思えない(あくまで彼が考えることですが)語学や一般教養の授業などが、時間の無駄のように思えてくる。バンドだアニメだと騒いでいる同級生たちが、「意識が低い」ように思えてくる。

日常でも、「起業家ならこうするはず」「起業家ならあんなことはしない」という風に、起業家の一員である、という意識が彼の判断や行動を基準づけます。彼の中で「起業家」が内在化され、無意識のうちに基準となるのです。

本人は自発的に行動しているつもりで、実はその基準に従って動くようになります。
その内在化された基準が「準拠枠」です。

私たちは誰もがこうした「準拠枠」を持っています。たとえば外資系の企業に就職した人は、意識的無意識的に、いわゆる「外資系」らしいものの考え方やふるまい、外見や持ち物を選択するようになる。「自由人」という生き方にあこがれて、自分探しを始める人も、「自分だけの考えで」と思うかもしれませんが、実はその人のイメージにある「自由人」という準拠枠に従って、考えたり行動したりしているわけです。

ジェイさんは、卓越論は抽象的でわかりにくいから、その人に合った「準拠枠」に従って説明した方がわかってもらえる、という文脈で、その言葉をおっしゃっていました。

はて、この「準拠枠」をどう訳したら良いのだろう、と原文を読んだとき、私は頭をひねりました。というのも、以前、まったく別の人が書いたビジネス翻訳書を読んでいたとき、この「準拠枠」が「参考フレーム」と訳してあり、前後の脈絡が取れない文章になっているのを目にしたことがあったからです。

結局、その箇所を訳したのは、私ではなくShimaFujiIEM翻訳チームの別のメンバーでしたが、そこを

最初に概念を話してから、具体的な例を出して説明するのではなく、最初にわかりやすい例を話したほうが、みなさんは理解しやすいですよね

という風に、うまく文脈に溶け込ませて、しかも実際の意味を損なわないように訳しているのを見て、(手前みそですけれども)本当に感心しました。

日本語の専門用語はどうしてそんなに難解なの?

ジェイさんの使う言葉は、難解なものが多いだけでなく、日本の専門用語というのは(特に学術系)特殊なものが多いのです。学生時代、哲学の授業で「表象」という言葉が出てきて、頭を悩ませたことがあります。英語ではrepresentation(表すこと/表されたもの)という、比較的平易な単語を、どうしてこんな難解な訳語を当てるのか、教授に聞きました。

すると、「確かにわかりにくいし、日本が西洋哲学を受け入れて来た経緯から生まれた問題もある。けれども、そのワードにこめられた意味自体が難解なもので、一口に言えないようなとき、日常語に引きずられない、という効用もあるんです。慣れてくるとマーカーで引いてあるように、この人はこの言葉をこういう意味で使っているんだな、と目印になってくるから辛抱してください」と言われました。

実は、ジェイさんの難解な文章の翻訳にも当時の経験がずいぶん役に立っているのですが(実際、こんな知識が仕事に活かせるとは夢にも思いませんでした)、かといって難解な文章をさらに難解な日本語を当てて、ジェイさんの思想を理解しないままありがたがってもらうのも、私たちの本意ではありません。

これからも厄介な専門用語と格闘しつつ、わかりやすく、でも真意を捻じ曲げることなく、がんばっていきたいと思っています。

そしてまた、ここの意味がよくわからないのだけれど、というところがあれば、どうぞお気軽にお問合せください。
私たちも考えて、考えて言葉を選んでいますので、その思考過程をシェアできれば、とてもありがたいのです。


ハットリサトコ
ShimaFuji IEM 翻訳チームの一員です。これまで英米文学やノンフィクション、社会学系の専門書、科学系の読み物など、幅広く訳してきました。ジェイさんの難解な用語に頭をひねりながら、これまで得た知識を総動員して、実践と学びで築かれた知の高峰に挑んでいます。