ジェイ・エイブラハムのクリティカル思考とは?

Q.『限界はあなたの頭の中にしかない』やテキストの中ではクリティカル思考という言葉が使われているのですが、どうして批判的思考と訳さないのですか?

A. クリティカル思考の原文は”critical thinking” です。
確かにこの言葉は、ほかの文献などでは「批判的思考」と訳されている場合もあります。

ただ日本語の「批判」という言葉の語源をたどっていくと、世阿弥の『風姿花伝』など、能の古い書物で使われている言葉に行き当たります。当時、能の上演は、室町幕府の将軍、時代が下れば織田信長や徳川家康などの大名がスポンサーとなって行われていました。能を愛好し、文化的な鑑識眼も備えている、地位の高い将軍や大名が、当時社会的地位の低かった能役者に対して、いろいろと勧告したり、批評を下したりします。そんな言葉が「批判」だったのです。つまり「批判」とは、地位や知識などの面で、上位にある者が下位者に対して、あれは良い、これは悪い、と欠点を非難したり、価値を判定するという意味の言葉でした。今でもそのニュアンスは、言葉の中に残っていますね。

これに対してcriticalの語源はギリシア語の「クリーノー」という言葉に基づいており、一番の大本としては「分ける」という意味です。たとえばあなたがギリシア人で、鳥を料理しているところだと想像してみてください。鳥をさばくためには、骨格や関節、筋肉を切り分けていかなければなりません。そうやって切り分けることが「クリーノー」のもともとの意味でした。そこから各部位を判断し、よりおいしい部位を選んでいく。「クリーノー」という言葉も、そこから「区別する」「より好ましいものを選ぶ」「判断する」といった意味が派生していきます。

ですからcriticの本来の意味とは、ものごとの成り立ちや仕組みを理解し、それぞれの要素の役割やつながりを見ていく、ということなのです。critical thinkingも、「上から目線」で誰かを批判する考え方でないことはおわかりかと思います。

たとえばジェイさんは『限界はあなたの頭の中にしかない』の中で

クリティカル思考とは、物事の相関関係を見つける力のことです。1つの事柄が他にい
かに影響を及ぼすか、成果を得ることができるか、それらの可能性について見分ける力の
ことだと私は解釈しています。(p.106)

と言っていますが、まさにこれはギリシア語の意味がしっかりと踏まえられていますね。

さて、このクリティカル思考、私たちはうまく使えているでしょうか。
なぜそうなのか、と成り立ちや仕組みから理解したり、分析したりしようとせず、そうだからそうなんだ、こうなっているからこうなんだ、と無前提に受け入れ、そこから、どうしよう、どうしよう、と考えてはいないでしょうか。
ジェイさんも同書の中で「日本の皆さんのほとんどは、クリティカル思考というものを完全には理解できていないのではないかと察します」と言っていますが、私たちも自分が無意識のうちに「当たり前」だと思っていることや、「こうなんだから仕方がない」と思っていることを見直す必要があるのではないでしょうか。


服部聡子(ShimaFuji IEM 翻訳チームリーダー)
出産・退職後、在宅で働ける資格を身につけるために翻訳を学び始める。
約5年フィクション/ノンフィクションの下訳、ウェブ・ライターを経て、
『限界はあなたの頭の中にしかない』に巡り合い、深い共感を覚え、弊社に。


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